簿記的に見た経済の話 <その9> 預金が減っていくgkbr

前回は「信用創造機能」によって「預金」が増えていく様子を確認した。今回は信用創造が機能しなくなる様子と原因について考えてみる。

もし信用創造機能が全く働かない(金融業というものが存在しない)とすると、経済の規模は流通する紙幣や硬貨(又は貝殻)の量を超えることはできないことになる。仕入れや設備投資の元になる現金の総量が限られており、他の決済手段がないからだ。物々交換をするにしても生産量、採掘量は限られてくるし、コメや魚は時間が経てば劣化する。つまり価値がなくなる。そもそも大量の「買い物」をするなら大量の現物を時間をかけて移動させなくてはならないことになるためかなり非効率だ。

信用創造の大前提は「借り手が借りたお金を確実に返済すること」と前回<その8>で確認したが、この前提が崩れるとどうなるか。
「企業pが借入を返済出来なくなった」、つまり「業績不振など何かしら都合で企業pの銀行預金が尽きてしまった」と考えて、<その8>で見た信用創造により預金が増加した状態がどう変化していくか見てみる。

この状態からスタート↓

信用創造後

①企業pは銀行Bからの借入810を返済出来なくなった!

②銀行Bの貸付金が810目減りしたため、債務超過になり、企業oから預かった預金900の償還(預金の引き出し?)に応じられない!

③企業oは銀行Bに預け入れていた預金900が引き出せないため、銀行Aからの借入900を返済できない!

④銀行Aは企業oへの貸付が900目減りしたため債務超過になった!

まるでドラクエのパーティが全滅していくのを見るようだ。みんな経営破綻して消えてなくなるから、図にしたところで意味がないので省略。
家計、企業、銀行、政府あらゆる経済単位が「破綻」するのは、損益の赤字黒字は関係がない。現金預金が尽きて債務の決済ができなくなったときがその主体の終わりのときだ。損益が黒字でも資金が尽きることはよくある(黒字倒産)ことだ。これは財政赤字の日本政府が生き延びていることや、収入がゼロになったご隠居さんが溜め込んだ貯金で悠々と旅行三昧、ということを考えてみても分かる。逆に言えばお金がある(又は調達できる)のに支払えない、ということはあり得ない。
上の例も借り手が赤字かどうかではなく、決済手段であるところの「預金」が尽きたことこそが企業pの倒産の原因。景気が良くなろうが悪くなろうが、返さなければならない借金の額面金額は変わらない。このような信用崩壊の連鎖を「金融危機」という。
(注:信用崩壊(金融危機)=M2+CDが一気に減る?)

かなり極端なためにかえってイメージしにくいものになってしまったかもしれないが、この例では銀行も企業も、その先にある家計も軒並み預金や貸付金などの金融資産を失ってしまうことになる。今の世の中では「預金」は貸付や借入だけでなく売上、仕入れ、給与、光熱費、税金、年金、老後の蓄え、果てはお父ちゃんのへそくりまで、実にさまざまな経済行為の決済手段として機能している。「預金が消える」ということはこれら全てが出来なくなる、ということだ。
実社会では債権債務の関係が半端でなく入り組んでおり、どこかで大きな「信用の崩壊」が起きるとかなりのスピードで連鎖して行くはずだ。アメリカで金融機関がバタバタと破綻して行ったり、自己破産件数が増えたり、住宅ローンが焦げ付いたりしているのも「金融危機」ならではなのかもしれない。

金融機関の資金不足により「取り付け騒ぎ」(一時的な預金引き出しの過度の集中)があった場合も、上記のような連鎖倒産は起こり得る。そもそも、

現金貨幣の量<<信用貨幣の量

なので、全ての銀行預金を全ての預金者が償還(引き出そう、現金化しよう)としてもムリな話だ。不等号の向きが逆ならば、そもそも信用創造が機能していないことになる。現金化に限らず、銀行間の当座決済(みずほの預金者がUFJの取引先に代金を支払う場合など)のための銀行の資金が不足した場合でも同じようなことになる。

さて。上の連鎖の根本の原因は何だったのか?それは銀行Bが企業pのリスク判断を誤ったことによる。返済能力がなくなった企業pに対して融資をした銀行Bは、「不良債権」を抱え込んでしまったのだ。信用創造機能の前提である「誰かが借りたお金が確実に返済されてくること」=信用貨幣の裏付けとなる返済能力がなくなりつつあることを、銀行Bは見抜けなかったことになる。その結果が連鎖倒産だ。不良債権とはこうも厄介で始末に負えないもの(三橋さん談)だ。

ちなみに銀行の不良債権(簿記的には「破産更正債権等」「貸倒懸念債権」)は、

借方 貸倒損失 ◯◯兆円 / 貸方 不良債権 ◯◯兆円

という仕訳によって、貸借対照表の資産(借方)を費用(借方)に振り替かえて行く必要がある。これは不良債権処理と呼ばれていたりするが、実質の価値がない「資産」になってしまったからには、貸借対照表に記載しておく訳にはいかないからだ。
価値ゼロになったということは、この損失計上も一時に行わなければならない。

帳簿上の資産を損失処理するということはその分当期利益が減るため、結果として貸借対照表の繰越利益が減る(純資産額→自己資本額が減る)ことになる。従って切り捨てるべき不良債権の額が大きいほど、銀行にとって自己資本比率の分子が減ることになるため(比率が下がってしまうため)、BIS規制をクリアできないかもしれない。
たとえ仕訳を切らずに帳簿上の不良債権の損失処理をしないでおいたとしても、その債権の危険率が下がる訳でもなく、損失処理しないでおく不良債権の額が大きいほど自己資本比率の分母が大きくなる(比率が下がる)ため、やはりBIS規制に引っかかる。しかも仕訳を切らずに不良債権が貸借対照表に記載されたままでは、いつまでたっても自己資本比率は改善されないことになる。
いずれにしても、不良債権は価値が激減またはなくなる(回収ができない)から「不良」なのであり、それをどう処理しようとも、公表するしないに関係なく債権者を苦しめることになる。

不良債権処理を図示するとこんな感じ↓

銀行の不良債権処理

この「仕訳」に耐えられた金融機関が生き残り、耐えられなければ(自己資本比率が規定を割り込めば)「公的資金の注入」とか最悪は倒産ということになる。日本の金融機関はバブル経済の崩壊以後、十数年かけて頑張ってこの処理を完了した。だから「日本国家の金融資産・負債の貸借対照表」は「輝かしい」、つまり邪魔なものがないのだ。

実際には例のような連鎖倒産が起きないように、以下の対策が取られていたりする。

◯BIS規制によるリスク資産の厳格な判定、自己資本比率の強化安定
これについては、そもそも不良債権を抱え込まないために銀行が義務付けられていることはすでに<その6><その7>で見た通り。危険率0%の国債は市場での流動性が高い(現金化しやすい)ため、これを保有していることは財務体質(貸借対照表)の安定につながることになる。銀行が貸出しの審査を厳しくしている(政府がさせている)のは、自行だけでなく社会にとって必要だから、ということになる。

◯預金者保護
ペイオフにより1000万円までは保護される。

◯公的資金の注入
これも自己資本の強化と政府による監督の強化につながる。多額の税金を使う以上はハンパな真似は許されない。金融危機を招きかねない不良債権を抱え込んだ銀行を救済するなら、旧経営陣の責任追及はキッチリやってもらうことになる。

まとめ

金融機関が大量に不良債権を抱え込む、ということは、信用創造の大前提が崩れるということになり、銀行だけの問題ではなく社会全体の脅威になる。
金融危機は他人事ではない。「金は天下の回りもの」である以上、幽霊のように私たちの背後に迫っているかもしれない。

次は、もうちょっと身近なこと、「在庫一掃セール」ついて考えてみたい。経済というより経営の話かも。

蛇足かもしれないけど一応。↓

信用創造の崩壊が、いま世界規模で起きている。「世界同時不況」というやつだ。不良債権を抱え込んだがためにいきなり資金が尽きてしまった国家が、他の国家から借りていた借入の返済を出来なくなった(デフォルトした)ため、この連鎖が国境を越えて波及している。
日本国内で見た場合、貸出先のリスク判断は銀行が主として行うが、世界的には「なんとかかんとか」という横文字の「格付機関」がその役割を担っていたりする。「サブプライムローン」という、低所得者向けのローンが混在した不良債権の「詰め合わせキット」(証券化商品とか毒饅頭とも呼ばれる)に対する格付機関の格付け(リスク判断)に誤りがあったばかりに今の不穏な状況が生じている。確信犯かもしれないが。

世界的に見ると「公的資金の注入」の「公」に当たるのがIMF(世界通貨基金)だが、リーマンショック以降このIMFの貸出資金が不足しそうになった。つまり、<その7>で確認したような「救いの手」を差しのべるべき政府が資金調達できなくなるような事態になりかけたのだった。
そこで絶妙な解決策を考えたのが、麻生前総理大臣または先日亡くなった中川元金融財政担当大臣(または官僚かブレーンかとにかく誰が優秀な人)で、『10兆ドル(1000億円相当)の外貨をIMFに出資する』というものだ。一見どうということもないように思えるが、この件についてのポイントは2つある。

一つは、決して「施し」などではなく、あくまでも「出資」だということ。<その7>で見たように、出資には必ず配当や議決権が付いてくる。世界の銀行の「筆頭株主」になることは外交の場での発言権が増すということなので、本来ならいろいろと交渉事が有利になって都合がいいんじゃないだろうかと思う。

もう一つはIMFに出資したのは「10兆円」ではなく「1000億ドル」だったということ。我が日本国の通貨は日本円なので、国内においてはアメリカドルではペプシ一本買うことすらできない。流通させるためには「両替」が必要なのは中学生くらいなら誰でも知っているはずだが、それを知らずに「そんな余裕があるなら国内の景気対策に使え」とテレビで言った人がいたそうだ。その人には是非1000億ドルを握り締めて、自販機からペプシが出てくるまで頑張っていただき、テレビで結果を報告願いたい。

この出資によって世界がとりあえずは救われ、今まで貨幣経済は生き延びている。この出資によって日本が各国から絶賛されたのがちょうど一年前。それからたった一年後のG7での日本の扱いがあそこまで惨めなものになろうとは誰が予想できたろうか。。。

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