簿記的に見た経済の話 <その10> 在庫処分セール

前回は信用創造機能や金融危機について確認してみた。

今回は巷でよく見る「在庫一掃セール」について考えてみることにする。長くてごめんなさい。画像もなんだか見づらいかもしれません。

新聞の折込チラシや上野・御徒町のガード下などで「決算につき在庫大放出!!!」などの謳い文句をたまに目にする。靴や洋服などでよく見かけるように思う。品物自体も極端に型落ちしてる訳でもないし、そもそも「決算」だと何故在庫を「大放出」する必要があるのだろう。在庫=売れ残りではあっても、売れないほど古くはないんだから慌てて売らなくてもいいじゃないか、と思ったりもする。

簿記的に見た場合の「在庫」とは「棚卸資産」を指す。棚卸とは在庫を数えることをいい、数えた際に残っていたものが棚卸資産、ということだ。

何で品物を全て数え上げるなんて「めんどくさいこと」をする必要があるのだろうか?それは「劣化した商品を洗い出す」という経営的な意味の他に、簿記的には主な理由が二つある。そしてその二つの理由は裏と表の関係にある。貸借対照表と損益計算書の関係だ。

理由の一つは「資産の状況を明らかにするため」。これは在庫管理表などの書面上では盗難や紛失、品物の損傷などによる劣化などが把握できないためで、それを確認して実際に売却可能な資産の価値(原価)がいくらなのかを、貸借対照表に数値として載せるために「棚卸し」をする必要がある。
棚卸資産にもいろいろな種類がある。

商品・・・他所から仕入れてきた品物をそのまま販売する物
製品・・・製造業などで自社で原材料を加工して製造した場合の完成品(販売できる状態の物)
半製品・・・まだ完成に至っていない、加工段階にある製品
原材料・・・製品の元になる物
未成工事支出金・・・建設業で未完成の状態の建物などに掛かった費用を集計したもの。製造業の製品や半製品と同じ。

他にも棚卸資産の種類にはいくつかあるが、これらは全て「未販売」の物という共通点がある。もしそれが販売済みなのであれば自社の資産ではないので貸借対照表には載っていないはずだし、未販売ということは「あとで売り物になる資産」ということになる。つまり、翌期以降に売れればお金に変わるもの、ということだ。それを数えて決算日時点の財産状況を明らかにするのが「棚卸し」の一つ目の理由だ。

二つ目は「当期の損益を明らかにするため」だ。これについては以下の図式で見てみることにする。

原価ボックスその1

これは簿記を学習すると必ずテキストに載っている「原価ボックス」と呼ばれるものだ。意味としては「仕入」(費用)の勘定元帳と同じ。借方(左側)が発生、つまり在庫が「どのように入ってきたか」を表し、貸方(右側)はそれが「どうなったか」を表す。
4つの区切りのそれぞれの意味は以下のようになる。盗難や紛失などによるマイナスについてはとりあえず無視。単純に商品を仕入れて売る場合について考えてみる。また、入る数値は「売価」ではなく「購入金額」になる。

線で区切られた左下は「今期中に購入した商品の仕入高」(当期仕入高)だ。現金にしろ掛けにしろ、当期に仕入れた(増えた)商品の購入額がここに記入される。
右下は「期末棚卸高」。これが決算時に棚卸して数えた在庫の金額だ。売れ残りがゼロならばもちろんゼロになる。売れ残りが5000円分あれば「期末棚卸高(=棚卸資産)5000円」となる。この金額が次期に繰り越されることになる。
左上は「期首棚卸高」。これは前期末の棚卸高(前期末の原価ボックスの右下に入った金額)と同額になる。前期に売れ残ったものは前期に仕入れたものであっても前期の費用にはならない。当期の費用になる。

では右上はなにか?これが当期の売り上げに対応する「売上原価」で、差額で求めることになる。原価ボックスの左側「入ってきた分」から右下の「売れ残った分」を引いた残りが右上の「売れた分」になる。品数の多い小売業や卸売業などではこのように差額で売上原価を求めるのが一般的だ。
数式にすると以下のようになる。

売上原価=期首棚卸高+当期仕入高ー期末棚卸高

また、原価ボックスのそれぞれのマス目に数字を入れていくための仕訳は以下のようになる。

①前期末の在庫商品が8,000あった。
借方 仕入 8,000 / 貸方 商品 8,000

②当期中の商品の現金仕入れが50,000だった。
借方 仕入50,000 / 貸方 現金 50,000

③決算につき棚卸しをしたところ、在庫が12,000あった。
借方 商品 12,000 / 貸方 仕入 12,000

「仕入」は損益計算書の費用項目なので定位置は左側になる。左側が増加、右側が減少だ。集計していくと、

売上原価=8,000+50,000ー12,000=46,000

売上高が100,000なので売上総利益(売上高から売上原価46,000を引いた粗利益額)は54,000となる。この売上原価46,000、売上総利益54,000が損益計算書に計上されることになる。

もし棚卸をしないで(前期もやらなかった場合)損益計算書を作ろうとするとどうなるか。当然、原価ボックスの右下と左上はゼロになる。すると、

売上原価=当期仕入高=50,000

となってしまう。計上した売上高(売価)は変わらないので、売上原価の金額→利益の金額も変わってしまうことになる。極端な話、当期仕入高が500,000であれば、売上総利益がマイナスになってしまう。当期の売上に対応するのが売上原価というルールなので、これではおかしなことになる。二つ目の理由の「当期の損益を明らかにする」というのはそういう意味だ。

以上のことを図示するとこんな感じ↓

原価ボックスその2

さて、本題の「何で決算につき在庫大放出で安売りをするのか」だ。靴屋さんを例に考えてみる。
靴は流行り廃りはあってもそう簡単に劣化しない。決算前でも後でも一〜二ヶ月く らいでは極端な流行遅れにはならないと思う。在庫は「資産」だし、在庫金額が大きければ上に挙げた数式の期末棚卸高が大きくなるので、差額の売上原価は減る(利益が残せる)はずではないか?

この疑問を考えるために、上の原価ボックスを転用して次の前提で考えてみる。
(注:実際の靴屋さんが「決算大放出」する時の利益の上乗せがどのくらいかは分からないので、あくまで推測。)

・大放出する場合の売値は仕入金額と同額(利益ゼロ)
・売りたい在庫商品は一つだけ(在庫販売後の売れ残りはない)
・他の条件は変わらない

図示するとこんな感じ↓

原価ボックスその3

数式はこうなる。

売上原価=8,000+50,000=58,000

売上高は当初の100,000+12,000なので112,000になる。一方の売上原価は58,000なので、売上総利益は差し引き54,000となる。この利益の金額は「放出」前と変わらない。蛇足を承知で書くと、売上高が12,000増えて、費用である売上原価が12,000増えただけなので、差し引きの利益は変わらないということだ。従って最終的な当期利益や繰越利益も変わらないことになる。
結局のところ12,000で買ったものを12,000で売った、というだけの話なので、当然靴屋さんにとっては何もメリットがなさそうに見える。

では何で靴屋さんはこんな「もったいないこと」をするのか?それはもう一つの財務諸表である貸借対照表の数字を見ると分かってくる。

在庫販売前と販売後は以下のように変わる(元々あった現金額を100,000として)。

放出後BS

販売金額の12,000分だけ現金と棚卸資産の額が違う。これは在庫金額が販売出来たために在庫が減り、「最強の資産」である現金が同じ額だけ増えたことによる。当たり前といえば当たり前だ。

少し脱線。
貸借対照表の借方(左側)が資産、貸方(右側)の上半分が負債、下半分が純資産、というのはすでに確認したが、これらの上から下への並び順には実は意味がある。資産の並びは、主なものを上から見ていくと以下のようになる(負債についてはまたいずれ)↓

資産の部並び順

(それぞれの意味については省略します)

だいたいこんな感じになる。順序のルールは「たやすく現金化できるかどうか」。科目によって資産としての「流動性の優劣」が変わってくる。一番上に記載される現金や預金は「最強の資産」なのだ。なぜなら何でも出来る「カード」だからだ。現金や預金以外はそうはいかない。下に行くほど現金化するための手間がかかるようになったり、そのためのプロセスが曖昧になる。下ほど「重い」と言ったりもする。

例えば受取手形と貸付金を比べてみると、両方とも決まった期日が来ないと現金化しない(できない)。ただ、手形は「ファクタリング」という手段によって期日前でも売却することができる(ただし手数料は差し引かれる。いわゆる「手形の割引き」)。貸付金は予め契約した日付でなければ回収できない。「貸し剥がす」にしてもかなりの手間がかかる。だから受取手形の方が流動性は上。
(ちなみにアメリカで「ファクタリング会社がヤバイ」というのは、手形を早期に現金化してくれる会社が潰れそう→手形を抱える会社が早期に現金化できずに、資金が尽きるケースが増える恐れ大、ということ)

下の方にある「固定資産」は売却を前提として購入した訳ではなく、その資産を使ってうどん屋さんがうどんを作ったり、JRが列車を走らせたり、自衛隊が護衛艦で国を護ったりするために買った物だ。売却しようと思えば出来なくはないけれども、売ってしまえば必要なことができなくなる。うどんが売れなくなるしお客を運べなくなる。つまり収益を計上することができなくなる。自衛隊については売上という概念がないので、ひっくるめて言うなら「使用便益」と言った方がよいかもしれない。いずれにしても、それを使うことで売上を立てて~、というプロセスを踏む必要があるため簡単には全てを現金化することはできないし、それが明確ではないから「重い」のだ。
ちなみに前回触れた「不良債権」はもともと流動性の高い「流動資産」だったが、もはや現金化が厳しい資産になってしまったので「投資その他の資産」の下の方に格下げになる。破産などの手続きによって評価額が確定するまでここで「塩漬け」になる。

貸借対照表の安定性の問題とも関わってくるので現金化が全てではないが、少なくとも流動資産の内訳としては棚卸資産よりは現金として保有していた方が有利であるのは確かだ。棚卸資産を現金化するためにはどうしても「売る」という手間をかける必要がある。場合によっては、現金化するまでに「棚卸資産→売掛金→受取手形→現金預金」という段階を踏むことになり、数ヶ月から半年かかることも充分あり得る。

営利企業にとって「利益を残すこと」は必須の中間目標であって、あくまでも「利益を残した上で現金をたくさん保有すること」が最終目標になる。以前少し触れた株式会社の目的である「株主に配当を出すこと」にしても、利益が出ていて尚且つ現金が残っていなくては配当を支払うことはできない。靴を現物で貰っても株主はご飯を食べられないし、靴でBMWを買うことはできない。靴で貰っても「あんまり嬉しくない」。配当を出すためには現金預金が必要である以上、やはり現金預金は唯一にして「最強の資産」ということになる。
靴屋さんの「決算につき在庫大放出」には、「財務諸表に現金を残す」という大事な意味があるのだ。

「現金を残す」に関連してもう一つ。
現金や預金は劣化しない。棚卸資産は陳腐化や劣化する。悪い言い方をすると「売れ残り」でもあるため、金融機関や株主、投資家などの利害関係者が財務諸表を分析する時には棚卸資産の増減を必ず確認する。在庫が増えている(または多い)ということは、「売れないから在庫が増えている」つまり「焦げ付いている」という風に受け取られるのだ。焦げ付いて売れない商品があれば、それはいずれ償却(廃棄損の計上→利益のマイナス)をしなくてはならないため、利害関係者からは忌避されることになる。これは受取手形や売掛金、貸付金などの不良債権についても同様のことが言える。いずれも所詮は「現金化出来ていない資産」なのだ。
決算書の評価を受ける経営者サイドとしては財務諸表を少しでも「輝かしい」状態にしておきたいと考える、ということだ。

まとめ
「決算大放出」は損益の問題ではなく、財産状況の見栄えを考えた結果。極論すれば、在庫を持つということはすぐには使わないものを買ったことになる。在庫が増える(または多い)と「経営的に非効率」の判定が下る。自分に子供が産まれたからといって、孫のベビーカーを買ったりはしないのと同じことで、そんなことする人は無駄遣いと呼ばれてもおかしくないはずだ。

長くなりすぎorz
次は中小企業(に限らない?)にありがちな「粉飾決算」について考えてみたい。

広告

簿記的に見た経済の話 <その10> 在庫処分セール」への9件のフィードバック

  1. 非常にわかりやすいです。 
    実は、昨年のリーマンショックの後に会社で過年度決算の修正を加えなければ云々という問題がシステムの全面見直しを行った際に発覚してつい最近までその対応に追われていました。 もしリーマンショックが無ければそのままの状態が継続していたと思うとぞっとします。 次回のテーマの粉飾決算は身につまされる部分もありますので期待しております。 
      

    • 銀行のお話は三橋さんのところで教えていただいたことです。認識としては概ね合ってるかと思いますがどうでしたでしょうか?

      過年度修正は大きい会社さんだとめんどくさそうですね。中小だと「今期の売上に混ぜちゃえ」とかでなかったことにしてしまったり、そもそも税務調査で指摘されるまで気付かないなんてこともざらにありますw

      粉飾については上から目線とか青臭い告発文にならないよう気を付けねばと思ってまとめてみてるところですが、難しい問題ですねホント。意外とてこずりそうです。

      • 銀行の話は書いていただいたとおりと思います。
        ところで最近は少し短期金利が上昇し始めています。 
        日銀のオペの残高を見てもすこうし減少傾向です。 私の経験上で恐縮ですが、短期金利が上昇し始めたときは相場の転換点となる場合が多いです。
        年末に向けて注意が必要かと思われます。

      • 金利については簿記の枠を超えてしまってることもありますが、いずれ突っ込んで考えなくちゃならないとは思ってます。私も勉強せねばなりません(汗。その時はまたよろしくお願いします。

  2. 引っ越しされて、最初の記事ですね!

    今回も面白かったです。

    売買が発生すると、そこに税がかかってくると思うのですが、なぜ企業は税を支払う以上に貸借対照表をきれいにしたいと思うのでしょうか?

    私の意見としては、賃借対照表がきれい(流動する資産保有が多くなる)になることで健全とみなされ、銀行などからの運営資金の借り入れなどが有利になる と踏んでいるのですがw
    多少の税よりも運営資金確保のほうが優先だ!と考えるためかなぁ~と思ったり?
    いかがでしょう?

    • お騒がせ?いたしました。
      法人税は利益に、消費税は取引に対してそれぞれ課されますので、上の大放出の例では消費税は増えても法人税は増えないことになります。消費税は消費者から預かってるだけですので、あくまでこの場合ですが実質は税額は不変とも言えます。
      大企業や在庫管理をしっかりやるような会社は税金は必要なコストと割り切ってる節があります。ので、貸借対照表の流動性を高くしたいというのは、おっしゃる通り資金調達にあると思います。
      短期の資金繰りが容易かどうかの指標として「当座比率」というものがあります。これは分子が上の表の当座資産で分母が流動負債。流動負債は一年以内に決済しなければならない負債なので、比率の意味は「今ある当座資産で、今抱える負債をどの程度賄えるのか」を指します。これが高ければ急激な景気の悪化にもある程度耐えられることになります。逆に100%を割り込むと資金繰りが相当に厳しいことになります。ちなみに昨今話題のTBSの中間時点ではこれが60%!くらいでしたので、どうやって耐えていたのか見当もつきませんw多分いろんな株や不動産などを売っ払ってたんだろうと思います。

      資金繰りがよさそうに見えれば銀行は返済能力ありと考えるだろうし、株主や投資家は配当が出やすいと考えると思います。明らかに資金繰りが厳しそうなTBSの株を買おうとは思わないですよねw銀行は土地建物がたくさんあれば融資はしてくれるかもしれないので、不動産業者のTBSはまだ当面は耐えるかもしれません。所詮タコ足食べるようなものですがw

  3. おはようございます。☆
    お引越しお疲れ様です、これからも楽しみにしております。~♪
    バーゲンで最強の現ナマに換金するのですね、なるほど借りるより遥かに良い手段のようですね、解説してもらってよ~く分かりました!
    次の粉飾もますます楽しみです!!

    • おはようございます。
      靴屋さんとしては予定売価で売り尽くせればそれに越したことはないと思うんですが、在庫売り尽くしというのは追加の購入が増加しない限りはそこそこに効果があるはずです。
      もっとも、決算日に在庫がないということは、次の日に商品が届かないと売るものがないことになるので靴屋さんではあり得ないですが、単価の高い投資用マンションを売る会社とかだと銀行のウケはいいようです。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中